歯科医院長mabo400のブログ

昭和30年代のパノラマ写真

 
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この記事は10年ほど前の僕のブログ記事だ。やっと世の中が僕に追いついてきた感がある。

10年後にはガソリン自動車が全廃されるということが急に持ち上がっているわけだが、ガソリンという高エネルギー密度で取り扱いが難しくない燃料があるのなら、低密度エネルギーのバッテリーを使った電気自動車をわざわざ作る必要はない。電気自動車だって、その電気はどうするの?と考えると同じことだと解るはずだ。

地球温暖化を避けるためにガソリン車を撤廃するのではない。石油資源は10年もすれば石油全体の40%を占める自動車燃料に回せるほどには残っていないのだ。
それどころか実質枯渇するということが分かっている。

問題は自動車燃料などではない。
食料自給率40%の日本で石油がなくなれば、いきなり20%に落ちる。
これも分かっているのだが、いきなり本当のことを発表すると世界中がパニクるので言わないだけだ。

その時どうするのか?今から対策を考えないと餓死者続出になる。

その対策は’50年代を振り返ると参考になるはずだ。

今現在発電所の煙突の解体工事が進行中で、発電所自体も解体撤去され、また60年前に戻りつつある。

日本は世界第一の少子高齢化が進行している国なのだが、60年前の様に人口は減少するのは良いとしても、ジジババには若い時の様には働けない厳しい現実が待っている。

ーーーーーーーー引用開始ーーーーーーーーーー

昭和30年代のパノラマ写真が、
出身小学校の事務室の受付窓の上に飾ってあります。
約50年前、これがそれ。
IMG_3466-6.JPG

僕が生まれた頃の写真で懐かしいものがありますね。
木造家屋もまばらで、田畑が多い、舗装道路も幹線のみ。
鉄筋コンクリートの建物は4階建ての市営アパートだけ。
機関車(SL)が黒い煙と白い蒸気を出しながら走っています。

この頃の日本の人口は9000万人、
食料自給率は80%、
石油消費量は今の1/10、
といったところでしょうか?
http://plaza.rakuten.co.jp/mabo400dc/diary/200807020000/

例によって、同じアングルの写真を撮ろうと思って、
標高130m程の裏山に息子といっしょに登ってみたが、
木が生い茂ってまるで熱帯のジャングルのよう、
景色などは見えません。

昔は山は定期的に伐採して、木は「たきもん:焚き物」になっていましたが、
今はほとんど放置状態です。
http://plaza.rakuten.co.jp/mabo400dc/diary/200612280000/

それでも環境保全林とかでところどころ伐採してあって、
遊歩道などが付いているところもある。

その伐採した隙間から写真を撮ってみましたが、
こんな感じです。
左の山は下の方は宅地になっていますが、畑はなくなり、木が生い茂っています。
IMG_3535-5-4.JPG

50年前の同じところの写真はこれ、
IMG_3466-6-4.JPG

左の山がまだらに禿げていますが、
というか、禿の部分が多いですが、
これは頂上付近まで丁寧に耕してあるのです。

ここの右側にある人口約1000人の島も下の方1/3は畑になっています。
IMG_3465-5-3.JPG

今はこれ、畑などはほとんどありません。
IMG_3527-5-3.JPG

2050年頃には、石油は完全に枯渇して、
また石炭の時代に戻っています。

その石炭も枯渇しているかもしれません。
人口もまた9000万人に戻っています。

まあ、生活条件は50年前より厳しいでしょうが、
いやでも戻るしかないでしょうね。

けっこう楽しい生活でしたよ、
少なくとも閉塞感が漂う今よりは、

心配はいりません。。

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