歯科医院長mabo400のブログ

「責任は免れない」 原発と共栄の福島・双葉町議ら苦悩

2017/02/26
 
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http://www.asahi.com/national/update/0329/TKY201103280574.html

双葉町の町民は町議会ごと埼玉のスーパーアリーナに避難中だそうで、
もう双葉町は地図から消えてしまうのではないか?と町議の皆さんは心配している。

玄海町議や唐津市議の皆さん、どうします?
街ごと、地図から消えますよ。。

それどころか、
風下の前原市、福岡市も北九州市でさえ、ゴーストタウン化するかもしれませんよ。。

プルサーマルを認可した某知事さん、
やっぱり原発は必要だよね、、なんて言っている場合かな?
脆性遷移温度98℃と最も老朽化度が進んでいる玄海1号機もありますが?

原発が止まっても、東京は停電していますか?
そうでもないでしょ?
原発なんか全部止めても停電なんかしませんよ。。

ーー引用ーー
「さいたまスーパーアリーナ」(さいたま市中央区)に町機能ごと移転している福島県双葉町。地元に雇用を生み出し、多額の金を落とす福島第一原子力発電所に、町も議会もすがってきた。その選択は正しかったのか。28日の臨時議会に出席した町議は、苦渋の表情を浮かべた。

午前10時半。折りたたみの机と椅子が並ぶ会議室を「議場」にして議会は始まった。議題にあがったのは、48億8600万円の2011年度一般会計予算案など。震災前の8日に提案され、審議が中断していた。

「歳入はこの通りにいくのか」と議員から指摘があった。しかし「いつ町に戻っても予算が執行できるようにしておきたい」(清川泰弘議長)と原案通り可決された。

顔をそろえた全11人の町議の中に、福島市の避難所から高速バスで5時間半かけて駆けつけた岩本久人議員(53)=1期目=もいた。腎不全の父親(83)は1日おきに透析を受ける必要があり、避難所を長期には離れられない。

震災2日目。避難先の南相馬市で「ドン」という破裂音を聞いた。十数キロ離れた福島第一原発で爆発があったと聞かされた。

第一原発が稼働したのは、ちょうど40年前の1971年。岩本議員が中学生のころだった。これという産業がなく「出稼ぎの町」だった双葉町にとって、原発は金の卵を産むニワトリだった。町は原発との共存共栄を掲げ、議会も7、8号機の増設を求める決議をした。2002年の東京電力による原発トラブル隠し発覚後、決議を凍結したが、07年に凍結を解除。再び増設受け入れに動きはじめたところだった。「町と歩調を合わせてきた議会の責任は免れない。残念でならない」と岩本議員は言う。ふるさとに戻るまで短くても1年以上はかかると思っている。「埼玉で避難生活を送る町民のそばにいられず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。何ができるのか、ずっと考えています」。涙をにじませた。

凍結解除を発議したひとりの伊沢史朗議員(53)=2期目=は、アリーナで避難生活を送っている。「町の財政破綻(はたん)をなんとか食い止めたかった」と当時を振り返った。

町は、原発立地自治体に払われる交付金などを見込んで90年代にハコモノを乱発。借金返済に追われ、早期健全化団体に転落するほど、一時は切迫していた。7、8号機の誘致凍結を解除すると、その見返りに毎年9億8千万円の初期対策交付金が町に入った。

だが、町に住民をとどめるために誘致した原発のせいで、いまは町に住民が近づくこともできない。「安全を担保されるのが条件だった。しかし、これだけの事故が起きると、あれで良かったのだろうかとも思う。厳しいのは、いつ戻れるか先が見えないことです」

町は今月末までには、アリーナから再移転する予定だ。避難生活の長期化を見越して、生活基盤を築くために仕事に就く町民も増えそうだ。だが生活基盤ができれば、ふるさとには戻りづらくなる。噴火災害で全島避難した伊豆諸島・三宅島の場合、住民は避難前の4分の3に減っている。

伊沢議員は言う。「だから一日でも早く戻りたい。最近、こんなことも考えるんです。日本地図から双葉町がなくなってしまうんじゃないかって」
町は、約1200人の町民と共に、さいたまスーパーアリーナに移転してきた。井戸川克隆町長は「なるべく多くの町民を一カ所に集めたかった」と話す。

震災翌日の12日に町民らが福島県川俣町内に避難した後、町長が旧知の埼玉県職員から耳にしたのが、数千人が収容できるスーパーアリーナの存在だった。「当時は、それほど選択する時間がありませんでした」。即決だった。

19日、川俣町から役場ごとアリーナに再避難。ただ、月末までには、埼玉県が用意した旧県立騎西高校(加須市)の校舎に再度避難する予定だ。「漂流」は終わらない。

井戸川町長は語る。「旅をしているような気分なんです、私どもは。旅の終わりというのは自分のうちに帰ることですよね」(釆沢嘉高、小林祝子、編集委員・神田誠司)

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