バイオ燃料「松根油」 (6)

      2017/02/26

虹の松原では、松の幹に今も残るV字形の傷跡は太平洋戦争末期、航空機ガソリンの原料として松脂とるためのものであった。松から採る油を[松根油]といい、松根油をとる方法として、幹に傷つけて松脂をとる方法と、松の根を掘り起こし、チップ状に刻み、蒸し焼きにして気化したガスを冷却して液化して、松根原油をとる方法があった。
傷あとが残っている松は平成16年4月現在で約60本確認されている。
昭和20年3月以降、南方からの石油輸送が激減したわが国は石油代替計画を提出した。
「200の松根で1機の航空機が1時間飛べる」との標語のもと計画がたてられ、老若男女、学生、児童まで動員され、松の根堀り、松脂とり、蒸溜釜までの運搬等にあたった。航空機ガソリンとして約500KL製造されたようであるが、実際の使用記録は残っていない。

当時の航空機用エンジンの燃料とするためには、分子量の大きな炭化水素を分解して分子量の小さい軽質油にし、
さらに水素を添加しオクタン価を高める必要があった。実際に硫化モリブデンを触媒としてテルペン油を分解しガソリン精製に成功していた。
松の根から航空機用ガソリンをつくるということは夢物語ではなく技術的にはまったく可能だったのである。

松根油の成分比は、炭素鎖の長さが異なる3種類のテルペン類からなっている。

chemical.gif

3種類のテルピン類は炭素鎖は10~20で、炭素2つおきに2重結合がある。
目指すガソリンの炭素鎖は単結合で、炭素数6~10の直鎖型。

750px-Terpenes_from_GPP-1.svg.png

ガソリンの炭素鎖にするには、それぞれのペルテン類を半分に切る必要があるので、
注)の結合エネルギー表によると、
モノテルペンで単結合1つ分:347 kJ/mol
ジテルペンでも単結合1つ分:347kJ/mol
が必要となる。

また、オクタン価を高めるための水素添加のエネルギー収支を求めると。
炭素の2重結合を単結合にするには、
611-347=264kJ/mol
結合エネルギーの収支は264kJ/molの黒字。

ところが、開いた2重結合に水素を2つ添加するには、
415×2=830kJ/mol
必要となるので、

トータルでは
264-830=-566kJ/mol
となり566kJ/molの赤字となる。

これが、モノテルペンでは2重結合は2カ所あるので、
566kJ/mol×2=1132kJ/mol
ジテルペンでは2重結合が4カ所あるので、
566kJ/mol×4=2264kJ/mol

松根油にはセスキテルピン類は少ないので、
モノテルピン類とジテルピン類がそれぞれ半々だとして概算すると、

1molの松根油を1モルのガソリンにするには、
2045kJ/molのエネルギーを必要とする。

一方、ガソリンの発熱量はどのくらいかというと、
ガソリンを中心的な炭素数8のnオクタンを代表させて計算すると、

nオクタン(C8H18)
燃焼熱44.4-47.9kJ/g
nオクタンの分子量は114g/mol だから、
最大5460.6kJ/molとなる。

つまり、松根油からガソリンを精製するには、
松根油から得られたガソリンの38%のエネルギーを精製過程で消費する。
つまり大幅に目減りしてしまうのだ。
これが普及しなかった理由だろう。

一方、石油が有用なのは常温で液体だからで、
エネルギー源が固体(石炭)や気体(天然ガス)だと使い難い。
これらを液体に転換すると、使えるエネルギーは半減する。
松根油と同じだ。
石油からガソリンを作るのは分溜するだけで、転換・精製のエネルギーは必要ないのだ。

技術的には可能でも実際には使い物にならない。
特にバイオエネルギーは大元が太陽エネルギーなので原材料は薄く広がっている。
それを集めてくるのに多量の石油エネルギーを消費してしまう。
戦時中のように児童生徒まで全ての国民を動員して集めることはできないのだから。
しかも転換・精製にエネルギーが必要なので、使えるエネルギーは大幅に目減りする。
バイオエネルギーの実用化が難しい理由はここにあるようだ。

注)結合エネルギー表
C-H 結合 E=415 kJ/mol
C-C結合 E= 347 kJ/mol
C=C 結合 E=611kJ/mol

 - ドクターのつれづれ。, もったいない学会