歯科医院長mabo400のブログ

I歯科医院の高楊枝通信。

脱(耐)原発ハウス815

 
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少し増やしてみたが、この辺りが限界か・・
後はポータブルのテレビがあるのだが。。

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  1. 凄い数のラジカセ・コレクションですね。先生は当然完動体保存でしょうから、歴史的資料としても大変価値があると思います。

    当時、どの様な音が再生されていたのかを、You Tubeの動画等にアップされたなら、当時を思い出される方や、機種其々の再生音の特徴やその違いに興味を持たれる方も沢山おれるのではないかと思います。

    私はこのラジカセ時代は、見た目よりは結構パワーのあった、ナショナル製のラジカセで、図体のでかいソニー製や、更に馬鹿でかいシャープ製のラジカセと音出し勝負をしていた事がありました。

    AC接続と、屋外等では多数の単一乾電池で駆動と云う、半省エネ的な使い方であうっても、当時はそれがとても格好いい最先端の若者文化であった事は事実です。

    その後、私はCDラジカセ時代になってからも、特に低音を出す為に巨大化?したパナソニックのラジカセや、巨大?なウーファーを内蔵したゲテモノや、ドラム缶と呼ばれたビクター製品の出現には、若者=低音なのだと思った訳です。

    私はその頃、MFBとキャビネットの共振共鳴を組み合わせる事や、小口径スピーカーの低音再生限界を下に持っていく為の試行を繰り返しておりました。

    その効果は、P社やV社のみならず、カーオーディオメーカーの開発や設計担当にも確認して頂けた事が幸いでした。

    MJ誌の今は故人となられてしまったN氏等からは、低音が出ていれば良いというものでは無いでしょうけど・・・。と言われたりもしましたが、それは低音を出せない者の僻み。悔しかったら出してみれば。と言ったら、それからヨット競技や自転車のロードレースで鍛えたN氏の闘争心に火がついてしまい、MJ本社の屋上での巨大なキャビネット作りが始まり、やがては専用の視聴室と工作室が完備され、それでも足りないN氏は、横浜にある自宅のオーディオルーム内で、トッテンカンテンを始めてしまいました。

    退職後に、同敷地内に家を新築されたのですが、それまで所有されていた数千枚に上る貴重なLPレコードは、敷地内のレコード保管専用の離れに収納されておりました。

    そのN氏も、今から10年程前に予測も出来なかった急な病に倒れ、発症から一週間で亡くなられてしまったのです。

    mabo先生もN氏をご存知との事でしたので、ちょこっと余計な事を書かせて頂きました。

    私も、あと少しでN氏の年齢に届くのですが、長い間の持病との闘いで入退院を繰り返していた体なので、既に限界はとっくに超えている筈です。

    出来る事なら、まだ何とか動ける内に是非とも先生のお宅にお伺いしたいと願っている次第です。

    長文で失礼致しました。

    • mabo400 より:

      最初は動態保存していたのですが、保存環境が悪く、カビが生えたりしていますのでダメでしょう。電源を入れるのもはばかられますw

      MJのN氏懐かしいです。突然亡くなられたのが残念。

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