略歴

   

某地区歯科医師会の講演会に呼ばれて、そのための自己紹介用の略歴と講演会の抄録を送れ、、
と言われていたのですが、パパも入院していて、そろそろお迎えが来そうだし、どうですかね。。今月講演会なんですけれどね。。お葬式とバッティングしないでしょうね。。w

まあ、いろいろと心配事があって、抄録を書くのを忘れていました。

抄録と言っても何をどう書いて良いものやら、なんですが。

とりあえず歯医者になるまでの経緯からですかね?

略歴は
1976年愛媛大学法文学部入学
1981年広島大学歯学部付属歯科技工士学校入学
1985年九州歯科大学入学
1991年歯科医師免許取得
1996年I歯科医院開院
1999年予防歯科を始める

まあ、これだけです。

ふつう歯医者になる人は大きく分けて2種類の人がいます。
たまたま実家が歯科医院だった人で、親に言われて(いわれなくても)なんとなく歯学部に行ってみた。特になにも考えていない。そのまま継げばよいので、楽。そんな人が1/3はいます。
もう1つはほんとうは医学部に行きたかったけれど、偏差値的に無理、あるいはちょっと足りない気もするので、冒険するのはやめて歯学部でいいか。。と思った人、それが2/3。

後者の2/3にはいろんな人がいると思いますが、免許仕事なので、なんとなく食いっぱぐれがないかも。。とか漠然と考えているだけです。実際の業界の実態がいろんな意味で超絶ブラックというのは知りようもありません。学校ではそんなことは教えてくれませんからw

僕も後者で、高校2年の時にオーディオをやる同級生に出会いオーディオの道を目指しますが、いかんせん数学がダメダメで、文系クラスでした。
当時は共通テストもない時代。国公立の授業料が年間数万円の時代で、私立は最初から無理。国公立ならどこでもいいや、、ということで、法学部のあるところを偏差値低い順で受けましたが、全て数学でしっぱい。
一浪してやっと数学6割取れて拾ってもらえた大学が愛媛大学法文学部。

これからオーディオ一筋の生活を始めようと、
まず、スピーカーはHITACHI HS-400、レコードプレーヤーはDENON DP-7?、フォノカートリッジは同DL-103S で、アンプ類は自作の予定で浪人中に菊水のオシロスコープと日置の電子テスターを購入済みでした。

まあ、大学生時代は法律学の授業中に関数電卓を机の上に置いて回路の設計をして、学生寮への帰りに電子パーツ屋に寄って抵抗器などのパーツを買い、そのまま回路の試作、夜聴いてみて、あ〜、、だめだった。。の繰り返し。。こんな電子回路漬けの生活が4年続きました。
世の中がどうなっているのかも知らず、気がついてみると4回生、折からの石油危機でまともな就職先がない、文系なので証券会社とか生命保険会社とかを担当教授が紹介してくれるのですが、とても務まりそうもない。。結局就職せず(できず)に地元でバイト生活しながら、どうしようか?と考えていたら、授業料無料の広大技工士学校というのがあるのを知って、入学してみた。

今は4年制課程の歯学部の一学科になって発展的に?無くなってしまいましたが、当時は自由な環境で最先端の歯科技工を学ぶというより、毎日のように泊まり込んで色々と新しい技術を試したり、自分に課題を課して実験していました。
この経験が歯科技工士だけではなく歯科医師の免許も取ろうと思ったきっかけですかね。。

でも、やはり数学がダメダメなので、そのまま2浪して九歯大に入学しました。
2浪もしてしまったのは、文系から理系に転向するのはやはり心理的なハードルが高かったのと、気になるアンプ回路があったので試作していてしばらく遊んでいたというのもあります。

ふつうに卒業して歯科医師免許を取りましたが、就職先は東京でしたね。
歯科医院で雇われ歯科医師をしながら糊口をしのいでいましたが、厳しい世界です。一瞬でも売り上げノルマを達成できないといわゆるワープアに落ちます。ノルマを達成するにはなりふり構わない患者教育(洗脳?)が必要で、不必要な歯科治療かもしれないとは考えても生活のためには、できる治療法を患者に勧めることしか事実上できません。

東京の生活はお金があっても苦しい生活で1000万くらいの手取りでは豊かな生活ができるということはありません。要するに東京では幸せになれないな。。と感じて地元に帰って歯科医院を開業したのが1996年。

それからは理想の歯科医療というものがどういうものか試行錯誤していました。
最初は歯科技工技術を生かして補綴専門医から始めました。昼間は診療室での仕事、夜は技工作業。朝まで仕事という日々がつづきとうとう血圧が上がってダウン。医者からこのままでは死ぬから入院しなさいと言われて、あっさり歯科技工と補綴専門医は止めて、予防歯科に転向したのが、1999年。

もうどうせこのままだったら、死ぬんだから、削るのは止めて楽になろう、と。

でも、最低限従業員には給料を払わないといけないし、未だ試行錯誤中です。

 - つれづれ, ドクターのつれづれ。