..原発ゼロもたらす災禍 困窮する玄海町「近いうち旅館全滅…」

      2017/02/26

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参詣新聞の記事ですので、うそとほんとうのことが織り交ぜて書かれています。
そのお積りでお読みください。

まあ、原発も石油文明の内ですから、原発も石油がなければ、建設も稼働も廃炉もできない。
その石油が減耗しつつある現在、日本でもシェールオイルとかに手を付けざるを得ない状況に追い込まれつつあります(怖すぎてほんとうのことはだれも言い出しませんけどね)。でもそんなものは焼け石に水というのは明らかなので、近い将来日本中が玄海町になります。

記事中で奇しくも正解が語られていますね。最後の言葉を除いて。
・・「どうせ原発を再稼働させないならば、いっそのこと4基とも廃炉にしてくれた方がよっぽどましだ。最後に廃炉の作業員に泊まってもらったら旅館を閉め、仕事を探しに都会に出る」

しかし、石油が減耗するとその都会が維持できなくなっていきます。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/environment/593882/

ーーー引用開始ーーー

2012/09/25 09:32更新

【九州から原発が消えてよいのか?】第1部(1)

九州電力の玄海、川内両原発がすべて停止して9カ月が経った。政府・民主党が反原発の圧力に押され、再稼働の判断を先送りしてきたことにより、九州では慢性的な電力不足が続き、電気料金値上げも秒読み段階に入った。このまま原発停止が続けば九州の産業界の先行きは危うい。そして人々の生活はどうなるのか。「原発ゼロ」がもたらす災禍を追った。

九州電力の主力発電所である玄海原子力発電所(佐賀県玄海町)は、玄界灘に突き出た巨大な岩盤の上にその威容を誇る。周囲には風光明媚(ふうこうめいび)なリアス式海岸が広がり、良好な釣り場も多い。だが、原発の入り口となる国道204号沿いに軒を連ねるホテルや旅館は閑散としていた。

「3月頃まではどこもほぼ満室で地元の方々に手伝ってもらっても手が足りないほどだったんですが…」

家族3人と従業員2人で旅館とビジネスホテルを切り盛りしてきた小豆朋行さん(53)は、真っ白な宿泊客帳簿をめくりながらため息をついた。町内の宿泊施設16軒すべてが同じような経営危機に陥っているという。

理由はただ一つ。昨年3月の東京電力福島第1原発事故を受け、政府が原発再稼働の判断の先送りを続けたからだ。玄海原発も例に漏れず、原子炉4基が昨年12月25日までにすべて停止してしまった。
原子炉は通常、13カ月間連続運転し、運転停止後に2~3カ月間の定期検査を義務づけられる。4基の原子炉を有する玄海原発では、年の半分はいずれか1基が常に定期検査を行ってきた。これに伴う技術者や臨時作業員は1基につき約1千人。遠方からきた作業員らは当然近くに宿泊する。だからこそ特別な名所もなければ行楽地もない人口6400人の町で16軒の宿泊施設が経営を続けることができたのだ。

玄海原発は昨年12月までに4基すべてが定期検査に入り、1月時点では419人の作業員が宿泊していたが、4月までにすべての検査は終了した。出入りする作業員は激減し、8月下旬の宿泊施設利用者はわずか十数人。飲食店やスーパーなどの利用者も一気に減り、町は火が消えたようになってしまった。

16軒のホテル・旅館は長期滞在を前提にした設計でトイレや風呂も共同であるため、いまさら観光客を呼び込むことは難しい。学生の合宿誘致など新たなビジネスも模索しているが、軌道に乗る保証はない。小豆さんは窮状をこう訴えた。

「お客さんがゼロでも維持費はかかるし、自分たちの生活費も必要です。今は金融機関から借金しながらかろうじて延命しているが、このままならば1年も持たない。16軒が全滅する日が来るかもしれない。一日も早く再稼働を…」

玄海原発1号機が運転を始めたのは昭和50年10月。それから37年間、玄海原発は地元経済に不可欠な存在として組み込まれてきた。

地元の唐(から)津(つ)上(うわ)場(ば)商工会が5月、玄海町と唐津市を対象に原発が再稼働しない場合の1年間の経済損失を試算したところ、通常稼働時と比べ、地元に落ちるはずの宿泊代12億6千万円、食費5億5600万円が失われることが判明した。

同商工会の西尾達也事務局長は「これは最低限の数字です。飲み代や嗜(し)好(こう)品、遊興費、交通費なども含まれていない。これらを含めると損失額は100億円を超えるのではないか」と打ち明ける。

証言を裏付けるように、玄海原発から14キロ離れたJR唐津駅(佐賀県唐津市)周辺の飲食店街は一気に活気を失い、閉店も相次ぐ。

影響は市町村財政にも広がりつつある。玄海町財政企画課によると、平成24年度の一般会計当初予算の収入は63億4千万円。このうち6割以上を、電源立地地域対策交付金や補助金、九電からの税収など原発関連の収入が占める。

原発を再稼働できなければこれらの収入はジワジワと減っていく。核燃料価格に応じて九電から徴収する核燃料税交付金(年1億5千万円)は原発の運転停止により今年度からゼロ。固定資産税も改修が行わなければ年14%ずつ減る。19日に発表された基準地価調査でも玄海町は平均5・9%減となり、佐賀県内で最も大きく下落した。26年度にも地方交付税交付団体に転落するかもしれない。

「私たちは九州に安定した電力を供給してきた玄海原発を一生懸命支えてきた誇りがある。安全性にも自信がある。何も悪いことはしていないのに悪者扱いまでされ、これほど苦しまなければならないのか」

岸本英雄町長は怒りを押し殺すようにこう語った。

「原発がなくなったらもう町には残れない…」

ある玄海町民はこう漏らした。利便性が悪い上、地場産業もない。平地が少なく農業効率化も難しい。町の人々は、原発を誘致するまで貧しい暮らしを強いられてきた。

「親たちの世代は、春に田植えが終わったら出稼ぎに行き、秋の収穫に戻ってきて、終わったらまた出稼ぎにいく。みんなそんな生活を送っていた。もし原発がなければ玄海町は超限界集落となり、とっくに消えていたかもしれない」

ある町職員はこう語った。それだけに「原発でいい思いをしている」という批判には「許せない」という思いがこみ上げる。

「脱原発」圧力に狼狽し、将来のエネルギー政策さえまともに打ち出せない政府に対する町民の不満も鬱積している。このままでは将来の見通しがまったく立たないからだ。金融機関への返済を先延ばしにしてもらっている「山一旅館」経営の山口幸一さん(47)は憤りを隠さない。

「どうせ原発を再稼働させないならば、いっそのこと4基とも廃炉にしてくれた方がよっぽどましだ。最後に廃炉の作業員に泊まってもらったら旅館を閉め、仕事を探しに都会に出る」

メディアへの不信も募るばかり。どんなに窮状を訴えても「原発マネーに群がる人々」と色眼鏡で見られ、実情を正確に伝えてくれないからだ。

町の旅館組合長を務める小豆さんは原発事故後、何度もメディアの取材に応じ、再稼働を求めた。ところが、取材の最後に「でも100%安全ではないでしょう」と念を押され、「100%ではない」と答えると「事故におびえる地元」「九電に不満」と脱原発寄りの記事にされた。

小豆さんは「こちらの思いを伝えれば世間の風向きも変わるのではないかと期待していたが、大きな間違いでした」と悔しがる。山口さんもこう語った。

「確かに原発の恩恵は受けてきましたよ。でも『今まで通り仕事を続けたい』『生活したい』と願うのはおかしいことですか?」

 - ドクターのつれづれ。, もったいない学会