歯科医院長mabo400のブログ

I歯科医院の高楊枝通信。

オーディオ的快感?の原点

2017/02/26
 
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この画像は以前ここでご紹介したのですが、

http://plaza.rakuten.co.jp/mabo400dc/diary/201009170001/#comment

この頃の写真はほとんど残ってなくて、僕が写っているのは当時高校生だった弟が撮った表題画像だけ。
ここに写っている空中配線のアンプがオーディオ的快感?の原点で、お見せするのは恥ずかしいくらいのものです。この画像は大学4年の夏休みに学生寮からシステムを引き上げてきて、僕の部屋に家にあるものといっしょに並べてみたところです。当時の機器が写っているのもこれだけ。1979年のことです。

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YAMAHA レシーバCR-400は僕が高校生の時、理科部の後輩から買った中古品。意外と音が良いが、使っていない、飾っているだけ。パイオニアのカセットむき出しのCT-920は弟のもので、見た目はカッコいいが、音はむちゃくちゃ悪い。

学生寮から引き上げて来た僕自身の機器は、HS-400の他には、TOYOのレベルメータが付いている自作の箱で、オープンテープデッキTC-4660用の自作の録音再生アンプ。レコードプレーヤのTrio KP-7600。フォノカートリッジのDynavector DV/karat23R。後は自作のレコード用のイコライザーがあるはずですが、見えません。菊水のオシロがちょっとだけ見えますね。Victor FM専用チューナーJT-V45、普及価格帯で7連バリコン。テープレコーダーのノイズリダクションアダプターAdres、音は悪い。

フォノカートリッジDV/Karat23Rの発売日を調べると1981年となっており、1980年当時はDenon DL-103S、同DL-103Dを使用していましたが、破損して交換修理に出すお金が無かったので、一番安い同DL-103を買い、カンチレバーのテンションを緩めて使っていたような気がして来ました。DL-103Dを破損させたのは折から遊びに来ていたすでにおデブだった従妹のタミでした。顔だけニコニコしながら、No problem…と言った記憶もありますw

これは折からの第2次オイルショックによる不景気で大卒後に就職先が無く、仕方なくバイトをしながら行く末を考えていた頃のお話ですが、
翌1980年には、実家の洋室にHS-400とこの手作りのアンプを移し、バイトから帰っては毎晩せっせと改良していました。抵抗器や小信号トランジスタを少しづつ変更する程度でしたので、お金が掛かるわけではないのですが、時間だけはかかるのです。父にはうるさい、、!と怒鳴られていましたので、遠慮勝ちに鳴らしていましたが、それでも深夜ですから相当頭にきていたのでしょう、僕が実家を離れている間にHS-400は捨てられていました。
そんなある日、そのオーディオ的快感?が得られるシステムが突然出現したのです。残念ながら画像は残っていませんが、毎晩陶然とした日々を過ごしていました。しかし、翌年1981年に弟が突然この世から去って、弟の葬式の時、父の友人に葬式の邪魔だから、と配線をニッパーで切らされて(フォノカートリッジからスピーカユニットまでハンダ付けしていました)、撤去させられて、その後再接続したのですが、あの音は出なくなっていたのです。その父の友人を恨みました。あのときの音は、弟といっしょにあの世に行ってしまったとしか思えません。。僕も死んだらまた逢えますかね?あのときの音にまた逢いたい。。それだけで、オーディオをやっているのですが、今は音を出せません。頭の中だけで鳴っています。でもいつかは新しいモードレス・スピーカであのときの音を再現しようと思っています。

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