「貨幣」の文化人類学的考察

      2017/03/24

紙幣の本質は「死」である。

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通貨とは、地上の全ての富と人間の生命を破壊し、「死後の世界へと扉を開く」ために開発された宗教儀礼のための「祭祀道具」である。通貨は、単なる商品交換の媒介となる便利な道具、などでは毛頭無い。

「全て金のために動く社会」=市場経済社会では、社会生活の全面に通貨が現れている。死者の死体が埋葬されず、街の、あらゆる場所に死体は放置され、散乱している。市場経済下では、「死は、至る所に散乱している」。自殺、無差別殺人、戦争が「常道」となる。

これを最も自覚させられているのはアルバイト、フリーターである。彼等は、わずかな金と引き換えに仕事を行っている間、「自分が死んでいる事を自覚し続けている」。将来の希望も持てず、明日、解雇されればホームレス=死への扉が開かれる。その扉の前に日々、立たされている。1日の仕事が終わり、5000円札が掌に乗せられた時、その紙幣は、自分の死体である事が分かる。指に針が刺されば、人間は「痛い」と叫び、声を上げる事でケガを負った事を、自分自身で自覚化し、また周囲にも知らせる。自分が死体に成っていれば、人間は、自殺し、無差別通り魔殺人を起こし、テロを起こし、戦争を待望し、自分と社会全体に「死を呼び寄せ」、自分が死体に成っていることを自覚化し、また周囲に知らせる。

紙幣の本質は「死」である。紙幣と交換され「売買される」人間の、その絶望=死の自覚は、自殺と、無差別通り魔殺人と、テロ、と戦争へと「行動を起こし始める」。

市場経済の本質は、自殺と、無差別テロと、世界大戦である。世界全体が市場経済化する22世紀へと至る時代は、自殺と、無差別テロと、戦争が常態化する。

 - ドクターのつれづれ。